出        席        者
・司会
三嶋 理晃
京都大学大学院医学研究科内科学講座
呼吸器内科学教授
 
・開業医
浅本 仁
浅本内科医院(京都市)院長
・呼吸器専門医
岩崎 吉伸
京都府立医科大学呼吸器病態制御学助教授
 
・循環器専門医
猪子 森明
北野病院循環器科副部長
 
実施日: 2005年8月10日   場所: 京都ホテルオークラ
 
 確かに最近、診療で聴診器を当てる場面をあまり見かけなくなったような気がする。しかし、呼吸音の異常ひとつとってみても、rhonchus、wheeze、stridorなどさまざまな種類があり、それぞれ原因となる疾患が異なることがわかる。
 今回は主に聴診所見(呼吸音と心音)に焦点をあてて、4つのCOPD症例を解析していただいた。すべてが「喘鳴を伴って急性増悪を来した」症例なのだが、聴診所見と症状・X線写真・CT・心電図を照らし合わせて、増悪の原因を突き止めていく過程が興味深い。最新の医療機器を使わずとも、こんなことまで聴診で予想をつけられるのか、と驚かされた。

■ 臨床に役立つ聴診とは
呼吸音によって疾患を類推する

 
● 三嶋  本日のテーマは「喘鳴・異常呼吸音」なのですが、聴診所見は人によってさまざまな解釈があり、用語を統一しておかないと混乱を生じます。そこでまず浅本先生に、典型的な呼吸音の分類について説明いただき、その後症例を1つずつ紹介していただいて、どういう点が問題なのかを、特に聴診所見を中心に多角的に見ていきたいと思います。では浅本先生お願いします。
 
● 浅本  まず、聴診のポイントは資料1(ここをクリック)にまとめました。これは成書にも書かれていることですが、正常呼吸音の種類と性状、それから副雑音については、部位とか、連続性か断続性とか、大きさ、高さ、音性などに注意します。最近はあまり聴診器を使わない開業医の先生が多いらしく、私が聴診器を当てますと、これまで聴診などしてもらったことはないと、患者さんによく言われます。やはり患者さんも、聴診器を当ててもらうと何か安心感があ
           (右上へ続く)
り、まだまだ聴診器を使った診療というのも臨床的に意味があるのではないかと思うのです。
 私はかって京都大学胸部疾患研究所や沖縄県立中部病院で宮城征四郎先生から聴診所見について詳しく教えていただきました。成書には聴音について学術的に詳しく記載されていても、音の性状からいかにして疾患にアプローチするのか、といった記述は意外に少ないのです。
 われわれ臨床家にとって聴音の性状と疾患とのつながりがわからなければ聴診する事にあまり意味がありません。聴診所見は問診や臨床検査所見と共に病気の初期診断に重要なファクターの1つであると思います。
 
■ 末梢肺に接する部分で聴かれる
気管・気管支音は異常

 
● 浅本  呼吸音の分類を資料2(ここをクリック)にまとめました。まず正常呼吸音です。これには気管音、気管・気管支音、肺胞音の3つがあります。肺胞音は末梢肺に接する部分で聴取され、呼気と比べて吸気に強く聴かれます。また、気管音と気管・気管支音は肺の中枢部に接する部分で聴取され、呼気に強く聴かれます。
 もう1つは、異常音(副雑音)ですが、呼吸音の減弱・消失もその1つです。それから、末梢肺に接する部分で聴取された気管・気管支音は異常音とみなされます。すなわち、肺胞音は肺胞内を
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環流した波動が聴取される音ですが、肺胞が虚脱した状態、たとえば肺炎や肺水腫などのalveolar damageでは波動は肺胞を通過せずに気道から直接伝わるので、気管・気管支音として聴かれるのです(図1:説明図・ここをクリック)
 異常音の中には、連続性のラ音と断続性のラ音があります。そして、連続性ラ音のうち、rhonchus、wheezeはどちらも、主に呼気に聴取される音で、wheezeは気管支がれん縮している音です。ですから気管支拡張薬を投与すると消失します。高ピッチの連続性ラ音です。rhonchusというのは気管支に何かが詰まったいびき音ともいわれる低ピッチの連続性ラ音です。
 吸気の時に聞こえる低ピッチの連続性ラ音はstridorといい、吸気の時にブーッという音がしますが、子供の場合は異物を誤嚥したとかクループなど、大人の場合は腫瘍や、気管支結核など太い気道の狭窄のときに聴取されます。ですからwheezeは典型的な気管支喘息、rhonchusは気管支炎などの炎症性疾患、stridorは太い気道の閉塞性疾患というふうにとらえています。
 それからもう1つの異常音は断続性ラ音で、coarse crackleとfine crackleと成書には記載されているのですが、実際に判別するのはなかなか難しいと思います。fine crackleが吸気の初期から終末まで聴取されるのは、特発性間質性肺線維症の場合といわれています。それからcoarse crackleは、これは水泡音と
           (左下へ続く)

いわれているのですが、吸気の初期に聴取される場合は、気管支炎など気道の炎症の場合です。
 また、alveolar damageのときのcoarse crackleは吸気と呼気にまたがって聴取されると私は教わったのですが、これは成書にはなかなか書いてないのです。しかし私の経験から、このような音が聴取される場合には肺炎、肺水腫、心不全、気管支拡張症、DPBなどのalveolar damageを想定して差し支えないと思っています。
 その他は、pleural friction rubなどがあります。
 
● 三嶋  ありがとうございました。
 では浅本先生、症例1について簡単に紹介していただき、それから特に聴診所見に焦点を当てて、どういう問題があるか教えて下さい。
 
★ 症例1
抗コリン薬で安定化したが喘鳴・呼吸困難を伴い急性増悪を来した症例

 
■ 臨床に役立つ聴診とは
呼吸音によって疾患を類推する

 
● 浅本  症例1(ここをクリック)は68歳の女性で、喫煙歴は40 pack years、Fletcher-Hugh-JonesU度程度の労作性呼吸困難のあるCOPDです。抗コリン薬の吸入で落ち着いていたのですが、2004年8月中頃に風邪を引いた
           (右上へ続く)
後、労作時の喘鳴と呼吸困難を来たし、膿性痰を伴う咳があるということで9月4日に救急来院しました。
 この時のX線写真は全体に過膨張で、右のcost-phrenic angleが鈍化し、右S10にわずかのconsolidationを認めまし た(図2:症例1のX線写真・ここをクリック)。またこのときには、37.3℃の発熱があり、下肢の浮腫とチアノーゼ、頻呼吸があり、吸気時に副呼吸筋の緊張を認めました。
 聴診所見は、吸気と呼気にまたがるcoarse crackleと、気管・気管支音が末梢に聞こえました。そして、総白血球数と好中球の増加を認めました。CRPは3.87mg/dL と上昇し、寒冷凝集反応が128倍でした。入院してCTを撮りましたら、右肺に少量の胸水があり、右S10のところにconsolidation を認めました(図3:CT写真・ここをクリック)
 そこで、非定型性肺炎と胸膜炎を伴ったCOPDの急性増悪による急性呼吸不全とと考え、ガチフロキサシンを投与したところ、7日後に白血球数が正常化し、胸部X線上の陰影も消失しました。末梢血中の総好酸球数が475/μLというのは、中等度の好酸球上昇と考えていいと思います。これをasth-matic componentと考えていいのでしょうか。
 
● 三嶋  ありがとうございました。
 聴診所見に着目しますと、強制呼出時に喘鳴を聴取するということが1つです
           (右上へ続く)
ね。それから右背部で気管・気管支音と吸呼気にまたがるcoarse crackleを聴取した。
 まず強制呼気時に喘鳴を聴取するという点ですが、この患者さんは、労作時の喘鳴を自覚していたということです。普通の呼吸の時には喘鳴は聞こえないけれども、構成呼出をすると喘鳴が聞こえる。岩崎先生、このへんいかがですか。
 
● 岩崎  この患者さんは、喫煙歴も40 pack yearsですし、肺機能の点においても、1秒率37.43%で閉塞性障害があり、しかも%1秒量が50%未満と重症のCOPDだと考えられます。COPDの患者さんにおける強制呼気呼出時の喘鳴ですので、たぶん呼気時に気道が虚脱して、そのために喘鳴が聞こえてくるのではないかと推察されます。
 
● 三嶋  COPDの聴診所見として、安静呼吸時には聞こえないけれども、強制呼出したり、運動をすると喘鳴が聞こえる。これは1つの所見としてある程度認知されていると思うのです。そういう理解でいいでしょうか、浅本先生。
 
●浅本  はい。
 
 
           (左下へ続く)

■ 吸呼気にまたがるcoarse crackleから肺炎を類推
 
● 三嶋  その次の気管・気管支音と吸呼気にまたがるcoarse crackleを聴取したとという、これに関しては浅本先生、どのように解釈していらっしゃいますか。
 
● 浅本  私はいつもこういう音が吸気と呼気にまたがっておれば最初に説明したalveolar damageを有する肺疾患と考えます。今回は肺炎として病院に送りました。その後寒冷凝集反応、マイコプラズマ抗体が上昇したため非定型性肺炎としてそれに対応する抗菌薬を投与し、合わせて酸素療法も行いました。
 
● 三嶋  若い世代になるほど、浅本先生がおっしゃったとおり、あまり聴診しないようになってきていることは確かなのですが、この右背部で、こういう音をきっちり聴診されて診断・治療に結び付けられるのは、やはり非常に大事なことだろうと思いますね。
 特にX写真で、cost-phrenic angleに確かに薄い影があり、CTを撮って初めてS10に何かやはり肺炎病巣があるということがわかりますが、その前にすでに聴診で肺炎による雑音だと診断をつけておられた、推測されておられたということですね。
 
● 浅本  はい。
           (右上へ続く)
● 三嶋  わかりました。そうすると、気管・気管支音がこういう右背部も末梢に聞こえること自体、やはり非常に異常だということでよろしいですか。
 
●浅本  はい。それで肺炎の身体所見に合致しているため肺炎と診断しました。
 
● 三嶋  わかりました。猪子先生、心電図(図4:ここをクリック)を見ていただけますか。
 
● 猪子  異常なしと書いていただいているとおりで、正常洞調律で、軸も正常です。COPDのわりには、U、V aVFのP波も高くない。つまり右心負荷の所見がないということですね。肺性Pという所見がない。P波高が2.5mm以上が基準です。それから右心負荷というのは、右軸偏位であったり、あとV1でのR波の増高であったり、場合によっては右脚ブロックの出現であったりすると思いますが、そういう右心系にかかる所見は認められないので、正常な心電図ということでよいと思います。
 
● 三嶋  浅本先生と所見が一致しましたので、一応心電図は正常だということですね。
           (右上へ続く)
 それから心音の聴診をされて、浅本先生の方で心音をちゃんと記載されておりますが、「清でギャロップもない」と、これはどのように解釈すればよいのでしょうか。
 
● 猪子  ギャロップというのは、この患者さんは脈拍数が96と、速いのですが、過剰心音のV音とかW音というのが聞こえますと、タンタラ、タンタラ、タンタラと、馬が走っているような音になるわけです。
 V音というのは心室が拡張するときの音で、W音というのは心房が収縮するときの音、どちらも左室なり右室の拡張期圧が上がるとか、心房圧が上がると起こるものなので、うっ血の指標ということになるでしょう。ですからギャロップがなければ、著しいうっ血はないということで、心不全の所見はないといえます。
 
● 三嶋  そうすると、心電図所見と整合性があるということですね。
 
● 猪子  そうですね。
 
● 三嶋  今回、読者の先生方にぜひお願いしたいのですが、肺の聴診と、それから心音の聴診と、両方やはり一所懸命に聴いていただきたいと思います。猪子先生には、症例ごとに心音についての解釈もお願いしたいと思います。
 この症例はこれでよろしいんでしょうか。心音は清でギャロップなし、呼吸音
           (左下へ続く)

は、強制呼気時に喘鳴を聴取することから重症のCOPD、また右背部で気管・気管支音と、吸呼気にまたがるcoarse crackleを聴取されたことから肺炎を診断されました。非常に大事な聴診所見だと思います。
 
★ 症例2
心不全を合併し、急性増悪を来した症例

 
■ 聴診所見のcrackleと症状から
心不全による肺水腫が考えられる

 
● 三嶋  次は、心不全を合併して急性増悪を来した症例2(ここをクリック)です。浅本先生、よろしくお願いします。
 
● 浅本  この患者さんは、もともと心不全があって、安静時の呼吸困難もあるということで、当院を受診されました。ですから、心不全とCOPDを合併して、呼吸障害が増悪したという症例です。
 smokerで80 pack yearsです。もともと糖尿病とか狭心症の治療を受けており、ペースメーカーも入っています。
 2003年11月頃からF-H-J分類V度の労作性呼吸困難を訴えており、夜間横になればしばしば泡状の唾液痰を出すようになったため2004年12月8日に来院しています。
 聴診診断では、呼吸音は減弱しており、労作後軽い喘鳴を聴取します。それ
           (右上へ続く)
から吸呼気にまたがった断続性の、おそらくはcoarse crackleを認めます。心拍の最強点はちょっと心窩部の方にあるのではないかなと思われました。また、ギャロップを認めました。バチ状指はありそうでした。
 聴診の所見として症例1と同じようにalveolar damageの所見があり、吸気に軽いwheezeがありました。
 X線検査所見では肺はやや過膨張で、両側肋横角はやや鈍化しています。葉間の肥厚と肺門部の拡張は肺のうっ血を疑わせます。また心陰影がやや拡大しています(図5:症例2のX線写真・ここをクリック)
 肺機能については、普通、副呼吸筋が腫大していて、short tracheaがある場合は、1秒量が1L以下というのが普通なのですが、1秒量は1.76Lとかなりよいです。COPDよりも心不全が主体のときはこういう状況になるのでしょうか。
 それから12誘導で心室性の期外収縮と心房細動があり、ST-Tの異常が認められました。それから末梢血所見は、白血球が少し増えておりますけれども、好酸球の増多はありません。治療は表内に示してあるとおりです。ここでは、心機能・心電図の評価をしていただいて、心不全がCOPDの増悪に関連しているのか伺いたいと思います。
 
● 三嶋  これも非常に面白い症例だと思います。まず肺機能検査について岩崎先生に解説していただきたいのです
           (右上へ続く)
が。
 
● 岩崎  1秒量が1.76L、サルブタモール吸入後は1.84Lで、改善率が4.5%ですので可逆性はないと考えられます。
 それから1秒率は、64.0%で、閉塞性障害はあると判断できますが、%1秒量をみますと63.1%で、COPDとしては中等性ということになるかと思います。V25、V50は、末梢気道の閉塞を反映しますが、強い閉塞性障害ですと1L/sを切ることが多いのに、V50は1L/sを超えています。ですから閉塞性障害はあるが、程度はそんなに強くないとまとめられると思います。
 
● 三嶋  そうすると、岩崎先生の分析によれば、肺機能の数値はそれ程ひどいCOPDではないということで、この患者さんの呼吸困難の症状は、少なくともいわゆるCOPDだけでは説明がしにくい、それでよろしいですね。
 
● 岩崎  はい。
 
● 三嶋  では猪子先生、聴診所見・心カテーテル・心電図について解説をお願いします。
 
● 猪子  聴診の所見については、先生方に遠く及ばないと思うのですが、私達はcoarse crackleを側胸部とか、あるいは背部の特に下の方で聴くという場
           (左下へ続く)

合には、肺胞に水が詰まった音という意味で、肺うっ血のときに起こる所見ということを考えます。特に先にX線写真を見てしまいましたので、このようなうっ血がある状態であれば、ちょうど肺炎と同じような肺胞が滲出液、漏出液で埋まったような音がするということはあるのではないかと思います。
 
● 浅本  その場合は吸気と呼気にまたがるのでしょうか。それとも吸気のみですか。そのへんが知りたいですが・・・・・・
 
● 三嶋  岩崎先生、いかがですか。
 
● 岩崎  これは私の印象かもわかりませんが、吸気により強いです。呼気にも少しまたがるのでしょうけれども、吸気から呼気あたりでだんだん消えていくような印象をもっています。
 
● 浅本  吸気と呼気にまたがるのが、alveolar damageを示す所見として意義があるかと考えていたのですが。吸気だけだったら、むしろ肺線維症を疑うだろうと思います。そのへんについて教えていただければと思います。
 
● 三嶋  先生がおっしゃっているとおり、coarse crackleとfine crackleは非常に難しいと思います。成書によっても、心不全があるとcoarse crackleが出ますともありますが、fine crackleも心不全の所見として記載されている場合もありますので、やはりcoarseとfine
           (右上へ続く)
というのは非常に難しいところがあると思います。
 症例2の場合は、このcrackleと、症状との関連をみてみましょう。泡状の粘液痰を喀出するとのことですが、肺水腫を起こすと泡状の痰が出てくるとよくいいます。臨床的にはどうですか、岩崎先生。
 
● 岩崎  そうですね、この症例では泡状の粘液痰とか、呼吸困難のために横になれなかったとか、そういう症状からも心不全による肺水腫が考えられると思います。
 
■ 急性増悪の原因は
肺由来か心臓由来か

 
● 三嶋
  猪子先生、続いて心カテーテルと心電図所見の解説をお願いします。
 
● 猪子  心臓カテーテル検査によれば、冠動脈の多岐にわたり狭窄病変が認められますが、バイパス術やPTCAにより血行再建が成されていますので、心筋虚血が起こりうる領域としては、バイパスの閉塞している左冠動脈回旋枝末梢と右冠動脈回旋枝末梢が考えられます。心電図上、心筋梗塞になっている部位もありますので、心機能が低下しており、心不全になりやすい状態と考えられます。
 
● 浅本  この患者さんの心筋梗塞の場所というのは、主にどこにあるのでしょうか。
           (右上へ続く)
● 猪子  図6、心電図(図6:ここをクリック)ではリズムは心房振動でVVIペースメーカーによるペーシングが一度入っています。IとaVLのとろこで異常Q波を認めますので、側壁の梗塞です。それから心房細動があるので、心房の働きがなくなった分、一層心機能は低下していると思います。
 そういうことを考えれば、心臓自体のポンプ機能が低下している症例であろう。心不全を起こすベースとなる心臓の病気が、はっきり存在しているということが、心電図からはわかります。
 
● 三嶋  右心負荷ははいのでしょうか。
 
● 猪子  心房細動になってしまっているので、心房のことはわかからないのですが、特に右軸偏位もありませんし、V1のRもそれほど高くないので、右心負荷を示す所見はないと思います。
 
● 三嶋  そうしますと、COPDが原因で心臓に異常を来したというよりは、やはり心臓がもともとの原因であるということですね。肺からの影響はあまり出ていないのですね。
 
● 猪子  はい、肺性心というような所見は心電図上はないと思います。
 
● 三嶋  1つお伺いしたいのですが、心臓喘息というのは、やはりこんなものなのですか。われわれ呼吸器科医は、心臓喘息ということばをよく使うの
           (左下へ続く)

ですが、これがいわゆる心臓喘息なのでしょうか。
 
● 猪子  心臓喘息でいいと思います。
 
● 三嶋  心臓喘息の定義というものは・・
 
● 猪子  聴診所見上、普通の心不全のときには、coarse crackleが聞こえて、肺胞が埋まっていくのでしょうが、気管支粘膜などにも浮腫があると、気管支のれん縮が誘発され、wheezeが出てくるわけですね。そうすると、喘息と同じような音が聞こえるということになります。そういう点で心臓喘息といいます。
 ただ、心臓喘息は、聴診でも喘息とは違って、coarse crackleが聞こえるというところで、ある程度差がわかります。それから、浅本先生が聴いてくださったようなギャロップという、うっ血を示す音が聞こえるようなことから、聴診だけでも鑑別できる場合は、十分あるのではないかと思います。
 
● 三嶋  これはそういう意味で非常に貴重な症例ですね。この場合でも、浅本先生はそれを裏付けられるような聴診所見をきっちりとっていらっしゃると思います。この症例に関しては、COPDもありますが、少なくとも急性増悪の原因となったのは、心不全がもとで、それも左心不全ですね。
           (右上へ続く)
● 猪子  はい、虚血性心疾患による左心不全です。
 
★ 症例3
喘息発作により急性呼吸不全となったが加療後安定期に移行した
喘息因子を有する症例

 
■ 肺機能はCOPD、聴診所見は喘息様
 
● 三嶋  では症例3(ここをクリック)の喘息因子を有するCOPDの症例を、浅本先生お願いします。
 
● 浅本  73歳の女性で、喫煙歴は33歳から73歳まで1日20本で、80 pack yearsです。10年くらい前から労作性呼吸困難がありました。喘鳴と呼吸困難もあったということです。1ヶ月ぐらい前に風邪を引いた後、少し動くと息苦しくて、喘鳴を伴うため、近くの病院を受診してそのまま気管支喘息として入院していました。そこで酸素療法、アミノフィリン持続静注、フルタイド吸入と、喘息として治療されたのですが、どうしてもよくならないということで、入院中に病院を抜け出して来院されました。そのときには頻呼吸で呼吸が非常に苦しく、チアノーゼ、顔面や四肢のむくみがありました。樽状の胸郭で、副呼吸筋が腫大して、副呼吸筋を使いながら呼吸していました。Jugular切痕が1横指と非常に短縮していました。
 酸素飽和度は92%で通常の会話が出来ま
           (右上へ続く)
せん。呼吸器音が微弱で、喘鳴が吸気と呼気にまたがって聴取されました。強度の呼吸不全を伴う喘息発作と考えました。心音は清でギャロップはありません。心尖部は乳頭線より、ほとんど沿うぐらいにありました。拍動は触知しませんでした。
 非常に重要発作のため、このとき呼吸機能の検査はできませんでした。肺は過膨張で横隔膜は平低化しています(図7:症例3のX線写真・ここをクリック)
 末梢血中の白血球数は7,900/μL、好酸球8%、総好酸球632/μL、非特異的IgEが850IU/mL、CRPは陰性です。好酸球が中等度上昇していました。
 酸素吸入をしつつメチルプレドニゾロンを静脈内投与しました。その後、プレドニゾロンを1日20mg7日間経口投与し、そのあとフルチカゾンとチオトロピウムを毎日吸入しました。1ヶ月後には呼吸状態がすっかりよくなって、今は全く元気に日常生活を送っています。
 安定期になって呼吸機能を検査したところ、1秒量は1.18L、1秒率は55.93%、可逆率は6.8%で、可逆性なしと判断しまして、最近ではチオトロピウムを毎日吸入させて、呼吸状態は安定しています。
 このような症例は喘息というのか、それとも喘息因子であるCOPDというのでしょうか。どういう検査所見、聴診所見があったら喘息因子のあるCOPDというのか教えていただければと思います。
 
           (左下へ続く)

● 三嶋  では、まず岩崎先生、安定期に入ってからの肺機能の解説をお願いします。
 
● 岩崎  酸素飽和度が96%で、若干低下しています。FVCは2.11Lありますので、年齢等を考えると、この程度かなと思います。1秒量が1.18Lで、1秒率が55.92%ですので、閉塞性障害はあるといえます。%1秒量は73.75%ですので中等症のCOPDかと思います。V50、V25はかなり落ちていますので、末梢気道の障害はあると考えられますし、1秒量の可逆率は6.8%ですので可逆性はないと考えられます。
 
● 三嶋  ありがとうございます。図8、心電図(図8:ここをクリック)については、猪子先生いかがでしょうか。
 
● 猪子  心電図は特に異常は認められません。右心負荷の所見も特にありませんし、心筋障害の所見もないという事でよいと思います。
 
● 三嶋  浅本先生、現病歴の中に、来院時に頻呼吸で顔面・四肢が浮腫状と書かれているのですが。
 
● 浅本  急性呼吸不全の患者が来院した場合、しばしば発汗と、むくみというものがあります。おそらく右心負荷も、そのとき一時的に起こったかもわかりません。
 
● 三嶋  そうすると、この浮腫があ
           (右上へ続く)
るときに心電図を撮っていれば、右心負荷の所見は・・・・
 
● 浅本  あったかもしれないですね。そのときはもう心電図を撮る余裕もなくて。
 
● 三嶋  そうすると猪子先生、こういう顔面・四肢浮腫状の場合は、どういう心電図が予測されますか。
 
● 猪子  喘息発作のときということですね。場合によっては、これよりはかなりの洞性頻脈になると思いますし、右心負荷の所見が出ている可能性はあると思います。
 
● 三嶋  あと、この方の聴診所見はいかがですか。
 
● 浅本  このとき、聴診所見は、喘鳴がやはり吸気と呼気にまたがってあったのですが、あとは呼吸音が微弱だという以外には特に何もありません。
 
● 三嶋  そうすると喘息発作のときに典型的な聴診所見ということになりますね。
 今、学会でも、喘息因子のあるCOPDをどう考えたらいいのかという、喘息とCOPDは合併するのかという問題も含めて、非常にいろいろホットなディスカッションがあるところです。岩崎先生、この症例に関しては、そのへんどう考えたらよいのでしょうか。
 
           (右上へ続く)
● 岩崎  肺機能の面からはCOPDと考えていいと思うのです。喘息因子についてですが、この方は33歳から73歳まで1日20本欠かさずタバコを吸われていまして、仮に喘息の因子が強い方ですと、タバコを吸うとやはり発作は起こります。ですから今回こういう喘息のような発作を起こされたのは、喫煙歴から推察すれば、これはCOPDの急性増悪と考えていいのではないかと思います。
 
● 三嶋  今、非常に大事なことをおっしゃったのですが、多くの人が、COPDは好中球主体の炎症だと認識しているわけです。安定期に限れば確かにそうなのですが、急性増悪の時には、好酸球性の炎症が起きても何もおかしくないし、それはもう確立されているところなので、この症例の場合も、風邪を引かれて、それが引き金で急性増悪を引き起こし、そのときに好酸球性の炎症が起こって喘息様の発作が出たという考え方はいかがでしょうか。
 ただ私は浅本先生にお伺いしたいのですが、浅本先生は喘息の方でも非常に有名な先生で、患者さんをたくさん診ておられますので、COPDと喘息の異同に関して、私見で結構ですので、お話ししていただけますか。
 
● 浅本  この症例では、末梢血の好酸球数が上昇していることや、喘鳴を聴取することから、私も岩崎先生がおっしゃったようにCOPDの喘息因子または喘息様発作というふうに考えました。
 それでは喘息とCOPDをどのように区
           (左下へ続く)

別するのか、といえば適切なアイデアは浮かびません。私は喫煙歴、症状、安定期の肺機能とその可逆性、気道過敏症、喀痰の炎症細胞の種類、末梢血好酸球数などの所見を総合して喘息なのか、COPDなのか、あるいはCOPDの喘息因子なのかを判断し、かつ治療の選択に役に立てています。
 
★ 症例4
気胸を併発し急性増悪した症例

 
■ 急に起こった喘鳴が診断のポイントに
 
● 三嶋  ありがとうございました。では最後に浅本先生から、COPDに気胸を合併して急性増悪し、喘鳴を聴取した例を少しご紹介いただきます。
 
● 浅本  症例4(ここをクリック)は表の通りですが、急性増悪で来院されたときは、現病歴と身体所見から気胸に間違いがないと判断、直ぐに入院してもらいました。これは入院先の病院で撮影した気胸のX線写真です(図9:症例4のX線写真・ここをクリック)
 この症例はCOPDには間違いないと思います。気胸がCOPDの急性増悪の原因となった症例です。
 
           (右上へ続く)
● 三嶋  普通、気胸というのは呼吸音が減弱してしまうのですが、特にCOPDの場合は、もともと呼吸音が減弱しているので、呼吸音が減弱しているからといって何ともいえず、聴診上なかなか難しいのです。またX線写真を正面から撮っていても、一部分に気胸がある場合は、CTを撮らないとわからない場合もあり、気胸は非常に診断が難しいです。
 この症例で非常に面白いなと思ったのは、喘鳴が出てきたということですね。
 
● 浅本  そうです。喘鳴ですが、急に起こったということ、また強い胸痛があり、酸素飽和度も低下したので、気胸に間違いないと判断し、救急入院していただきました。
 
● 三嶋  私もそういう経験があるのですが、COPDで気胸が起きる前は喘鳴は全然聞こえていなくて、気胸が起きてから急に聴取するようになります。これは非常に過呼吸をしますので、いわゆる呼吸困難のために過呼吸のときに起こるCOPDの喘鳴かもしれないし、あるいは、心不全が起きてくるために、喘鳴が起きるのかもしれない。いずれにせよ、日頃全然喘鳴のない人が、喘鳴を来たし出したら、それは1つの赤信号ですよね。
           (右上へ続く)
● 浅本  そうだと思います。
 
● 三嶋  そういう意味では、これは非常に大事な症例だと思います。岩崎先生、いかがですか。
 
● 岩崎  そのとおりだと思います。ずっと安定期にある患者が、突然喘鳴を来すというような場合には、何か起きているのだと思います。
 
■ 聴診に関するアドバイス
心音・呼吸音ともに丁寧に

 
● 三嶋  それでは、最後に一言ずつ、聴診についてのワンポイントアドバイスをお願いします。
 
● 猪子  呼吸困難を来しておられる方の聴診で、肺野の聴診については、私たちは申し上げることはないと思うのですが、心音については、ギャロップや、心雑音、弁膜症を示唆するような所見がある場合には、心不全という可能性はかなり高くなってきますので、心音を聞いていただくのは大切なのではないかと思います。
 
● 三嶋  浅本先生、いかがですか。
 
● 浅本  いくら医療機器が発達し、
           (左下へ続く)

CTやエコーなどがあっても、やはり聴診は初期診療に欠かせないものである、ということを申し上げたいと思います。
 
● 三嶋  岩崎先生、いかがですか。
 
● 岩崎  肺野の聴診といっても、肺野というのは広いですから、腋窩、あるいは背部、さらに頸部等も含めて、十分全体にわたって広く聴くのが重要です。それが診察する上で見落とさないポイントで、丁寧にするのが大事だと思います。
 
 
           (右上へ続く)
● 三嶋  ありがとうございました。
 今日は浅本先生に、貴重な症例を4例持参いただき、聴診についていろいろと教えていただきました。いわゆる聴診というのは、やはり聴診器を当てさせていただくことで、やはり患者さんとのつながりができる礼儀の第一歩ではないかと改めて感じました。
 一所懸命身体所見をとること自体が病気をしっかり見つめる第一歩ですので、そういう意味で、特に若い先生に、聴診というものをぜひもう一度見直して、大切にしていただきたいと思います。
 本日はどうもありがとうございました。
          (終了しました)
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