序
 
 気管支喘息(喘息)は、学校や仕事を休んだり、病院の救急外来を受診する最大の原因疾患の一つであり、また、その発作によって命を落とすこともあります。
 現在では世界で3億人以上の人がこの病気で苦しんでいます。
 
 わが国における喘息の発病率は成人で3〜4%、小児で7〜8%ほどであり、2010年の時点で500万人を超える喘息患者さんがいます。そしてその数は増えつづけています。一方,喘息による死亡者数は1990年代まで年間7,000人を下らなかったものが、2000年代から減りはじめ、2010年には2,065人となりました。それは1980年代における喘息医療の革命的な発見と進歩によってもたらされたもので、この時期を境にして喘息に対する考え方や治療法が一変したからです。現に世界各国で喘息のために入院する人や死亡する人のみでなく、救急外来の受診者も激減しています。その理由は、吸入ステロイド薬などの抗炎症薬による治療を基本とした治療のガイドラインが世界中に普及し、また、医療者による喘息教育も推進されはじめたからです。さらに近年、吸入ステロイド薬と長時間作用性β2刺激薬との配合薬や抗IgE抗体などが開発されて、重症喘息のコントロールも可能になってきました。こうして今や喘息は、その軽重を問わず薬物治療によって回復し得る疾患となりました。
 
 しかし、外来ではまだまだコントロール不良の患者さんも多く認められ、実際、喘息で命を落とす人も少なくありません。とくに85歳以上の高齢者がわが国の喘息死の80%以上を占めています。それは患者さん本人やその家族や医療者にさえも、喘息に対する正しい自己管理の仕方や治療薬の適切な使い方などの知識が十分行きわたっていないためかもしれません。また、本書で述べる「喘息治療のアドヒアランスの低下」(第13章参照)にも喘息死の一因があるともいわれています。
 
 喘息発作の多くは生活環境の改善によって予防することができます。また、この疾患の特徴の一つは喘息薬に反応しやすいことですから、相当重症の発作であっても適切な薬物治療によって寛解させることができます。それだけに医療者は、喘息の本態や発症原因や発作誘発因子、さらに喘息治療薬の薬理作用や適応や自己管理の仕方などを知って適切に対処することが必要です。事実、喘息のコントロールの程度は喘息をもっている個人個人の喘息に対する理解の程度と相関するのです。
 
 喘息の医療は日進月歩に進歩しています。本書は自著「気管支喘息へのアプローチ」第1版(1993年)から第3版(2006年)(ともに先端医学社より刊行)までを基礎としていますが、患者さんやそのご家族、そして治療にかかわる医師、薬剤師,看護師などの医療者をも視野に入れ、最新の喘息医療に関する知見を加えて書き改めました。
 
 本書が、患者・家族と私達医療者が一体となって喘息をコントロールし、決して喘息によって命を落とすことのないよう、むしろ喘息と共に快適な生活を送ることができるための指針となることを願っています。

2012年1月
浅本 仁

 謝辞
 
 まず適切かつ鋭いご助言で本書の監修をして下さった泉孝英先生にお礼を申し上げます。
 私は国立京都病院(現国立病院機構京都医療センター)の勤務医時代に喘息医療の停滞期から変革の時代を過ごしてきましたが、退職後は医師や看護師、薬剤師の方々とともに「京都気管支喘息研究会」を組織して今日に至っています。この会の世話人の方々(安田雄司,後藤武近,田中善紹各先生)にも執筆していただきました。プライマリーケア医として喘息医療に直面された生の声が本書に反映されています。
 
 泉孝英先生を含め、3人の恩師の先生方の薫陶を受けたことが、現在に至るまで、私の喘息診療の基礎になっています。泉先生からは臨床研究の厳しさや、国際的視野に立った医療の大切さを教えていただきました。
 
 私の京都大学胸部疾患研究所の時代から呼吸器疾患の臨床指導をして下さった宮城征四郎先生(現群星沖縄臨床研修センター長)は、沖縄中部病院での短 期滞在中の1989年ごろには、全国に先駆けて中部病院の喘息患者さんに吸入ステロイド薬を導入しておられました。本書で私は喘息の治療において喘息治療 薬の薬理学を知ることが大切であることを強調していますが、これは当時宮城先生から学んだことでもあります。
 
 また、古田睦広先生からは国立京都病院の時代に病理診断の基礎や研究論文の書き方などの手ほどきを受けました。その時学んだリンパ球や好酸球などの病態や免疫学的意義に関する知識が私の日々の診療に今も役立っています。
 
 本書の題字は福田祥洲氏に,挿絵の一部は中井美樹氏に書いていただきました。福田祥洲氏は「中国国際書法篆刻芸術博覧会」書道部門でグランプリに輝く など、国際的にも著名な書道家です。また、小学校図画工作の教科書への作品の掲載、メルセデス・ベンツやアディダス×EXILEのCMでの書など多方面に 活躍されています。また中井美樹氏は浄土宗芸術家協会に属する新進気鋭の画家です。お二人共、忙しい本業の時間を割いてご協力下さいました。
 
 先端医学社の岡哲社長と山嵜明次長には、「気管支喘息へのアプローチ」当初からのご支援とご協力をいただきました。とくに本書の刊行に際して編集部の坂田環氏には企画から校正・出版に至るまで彼女の持ち前の忍耐と明るさと知性で支えていただき、またたくさんの有益な助言もいただきました。
 
 本書の上梓にあたりこれらの方々に、そして、薬剤師である妻映子を含め、日々の喘息診療に協力していただいている私の医院のスタッフに心から感謝いたします。

2012年1月
浅本 仁