第3版 序
 
 1993年の本書第一版では、1980年代後半から1990年代初頭に至る「気管支喘息医療の革命的な進歩」について紹介しました。その後、吸入ステロイド薬(ICS)の普及によって重症喘息や喘息死が減少していることが証明されました。
 事実、わが国の喘息死は1980年代に7,000人台だったものが、1996年以降徐々に減少し、2000年代には3,000人台となりました。気道壁のリモデリングの改善にもICSが寄与することが見出されて、気管支喘息の医療にもICSのできる限り早期の導入が有用であることが広く認められ、ICSを中心とした医療を含む、気管支喘息のガイドラインが多くの国で利用されるようになりました。
 
 1993年にはわが国でもガイドラインが作成されました。その内容は、経口抗アレルギー薬や漢方薬の使用を除けば、ほぼ国際的なガイドラインと一致するものでした。
 その後、ICSを代替えフロンで噴霧させるHFA-BDP、HFA-FP、またはシクレソニドなどやFP、フランカルボン酸モメタジンなどのドライパウダー製剤(DPI)が開発されました。これらは薬効や局所への到達率などに進歩がうかがえます。加えて、プランルカスト水和物以外にもロイコトリエン受容体拮抗薬(LTRA)や長時間作動型β刺激薬(LABA)といった新薬が登場したのを機に、さらに新たなガイドラインの改訂が進められています。
 ISCやLTRAの普及で喘息関連死や喘息発作による緊急入院が減少したことも確認され、また、ICSの増量よりもLTRAやLABAの追加投与がより有効であることも報告されました。
 
 1997年に本書改訂版を上梓したころは、英国の胸部疾患学会(BTS)や米国立衛生研究所(NIH)から気管支喘息のガイドラインが改訂され、本書はこれらのガイドラインとの整合性を重視したためか、多くの方々に目を通していただくことができました。
 
 しかし、わが国における気管支喘息罹患率は2004年にはこれまでの最高を記録し、特に幼児や小・中学、高校生で依然として上昇しています。その背景の一つとして、特に予防接種や抗菌薬の普及などによる衛生環境の改善がアレルギー発症を増加させるという「衛生仮説」が提唱されています。
 
 ガイドラインはエビデエンスにもとずいて作成されているため、医療の標準化や医療費の高騰化抑制に有用であることは言うまでもありませんが、一方では、気管支喘息という疾患が、その発症原因、重症度、発作の頻度、治療薬における反応性などにおいて、一人ひとり異なることを認識しながら診療を進めることも必要です。
 それゆえ医療従事者は、おのおのがこの疾患の病態、日常の管理、治療薬の適切な使用法、発作時の適切な対処の仕方を習熟するとともに、一人ひとりの患者やその家族の教育にも配慮するべきです。また、気管支喘息が薬剤にきわめて反応しやすい病気の一つであることを考慮して、薬剤の使用法や副作用にも習熟すべきでしょう。
 
 一方、国際的ガイドラインにも「気管支喘息の増悪は治療の失敗である」と位置づけられているように、ガイドラインにもとずいた緻密な配慮がつねになされていたならば、喘息死の多くは防ぐことができたに違いありません。このようなことから、ガイドラインではさらに、気管支喘息の治療の成就には患者や家族、医療従事者とのパートナーシップが必要であるとして、Updated GINA 2004では医師のみではなく、看護師の参加を想定したガイドラインが出版されました。
 
 Updated GINA 2004では、「気管支喘息をもつことは決して恥ずかしいことではない、多くのオリンピックの出場者やリーダーたちが気管支喘息に罹患しながら成功を収めている」といった患者へのメッセージが含まれていることも興味深いことです。
 
 本書は国際的なガイドラインであるNIH、世界保健機構(WHO)ガイドラインGINAを基盤としていますが、必要に応じてBTSとオーストラリアのガイドラインも参考にしました。後二者は気管支喘息専門以外の医療者にも有用な簡潔で具体的な記述がなされているからです。また、最近の国際的ガイドラインでは小児の気管支喘息も包括されるようになりましたので、本書でも小児の気管支喘息に言及することにしました。
 
 本書ではわが国の呼吸器病学の第一人者である三嶋理晃教授に、監修と、同門の小賀様徹先生とともにCOPDを合併した気管支喘息につき執筆していただきました。
 
 本書が気管支喘息に携わる医師や看護師、薬剤師のみではなく、この疾患に罹患した患者さんたちやその家族の方々に少しでもお役に立ち、さらに医療従事者と患者さん、家族間のパートナーシップの確立の一助になれば著者にとってこのうえない喜びです。
 
 本書が上梓できたのは、著者が開業してからパートナーとして医院の実務と運営を一手に引き受けてくれた妻の映子や長女の薫、長男の信、そしてわが医院のスタッフの協力によるものであることを実感しています。また、中井美樹氏は本書のために美しい挿絵を描いてくださり、大仲富三郎氏はコンピュータを駆使してピークフロー(PEF)値の計測を整理にご協力くださいました。
 
 先端医学社の鯨岡哲氏と、山嵜明、池亀恵両氏をはじめ編集部の方々には今回も多大なご協力をいただきました。また、三嶋理晃教授には適切で暖かいご指導を賜りました。稿を終わるにあたり、これらの方々に深甚の感謝を捧げます。

2006年3月
浅本 仁


 改訂版 序
 
 本書の第一版を先端医学社から世に出したのは1993年8月であったが、幸い幅広く目を通して戴くことが出来た。
 ちょうど喘息の国際的ガイドラインとしてInternational Consensus Report、「喘息の診断と管理のための国際委員会報告」が発表され、引き続いて英国胸部疾患学会や日本アレルギー学会からのガイドラインも出された直後で、それらを紹介することができたのは幸運であった。
 欧米のガイドラインが、喘息の治療に携わる医療者に大きな意識改革をもたらした事は確かであろう。
 特に、これを通して喘息の本態が上皮の剥離と好酸球の浸潤を主とする気道の慢性炎症であると広く認識されてから、吸入ステロイド薬が治療の主役となり、β2刺激薬は炎症の結果生ずる気道の攣縮を改善する補助薬とみなされるようになった。
 また、吸入療法の普及と共に、ピークフローメーターを用いた自己管理の導入や治療管理が図られてきた。
 このような欧米諸国における喘息治療のガイドラインに提案に伴い、わが国でも日本アレルギー学会からガイドラインが出版され1995年に改訂された。
 
 一方、1997年には、英国の胸部疾患学会に引き続いてNIHからも新しいガイドラインが発表された。
 特にNIHのの改訂版では医療の内容が大幅に改められ、われわれ臨床家にも、より納得のできる内容になっていると感じられる。
 そのなかで特に印象深い事項の第一は、重症度の分類で、治療との関連から軽症が間欠性と持続性に分けられたこと、第二に、喘息発作の予防策に重点が置かれたこと、第三に、従来の段階的治療とともに診断後早期に十分な抗炎症薬を投与してベストの呼吸機能を達成させてからステップダウンする治療法が適用されたこと、第四に、長期の喘息管理に長時間作動型β2刺激薬とともに抗ロイコトリエン薬であるZafirlukast と Zileuton が適用されたこと、第五に、急性発作への対応がより具体的に記載され、重要な治療薬の抗コリン薬の吸入が加えられたこと、そして最後に、患者教育において、医療者−患者・家族間のパートナーシップを重視したうえで、一人ひとりの意見やQOLに対する要望を尊重しながら治療を進めるよう指示されていること、等である。
 
 このような医療がはたしてわが国の医療制度のもとで可能なのかは疑問の残るところでもあり、また、ガイドラインは必ずしも医師に義務づけられるものではないが、医療の標準化や医療費の高騰化抑制の必要性からも、われわれも真剣に取り組むべき内容を示唆しているといえよう。
 気管支喘息への医療のこうした変化に対応すべく本書の改訂を試みることとなった。
 主としてNIH新ガイドライン、WHOの喘息管理・呼ぼうのグローバルストラテジーやわが国(1995年)や英国のガイドライン(1997年)をふまえ、今後の喘息の治療・管理の向上に影響を与えると思われる文献を参考にしながら本書をまとめたつもりである。諸兄姉の忌憚のない御批判を戴ければ幸いである。
 最後に、先端医学社の鯨岡哲社長には初版から変わらぬご支援を賜り、また、則竹正博氏、高橋悟氏にはねばり強いご協力と有益なご助言をいただき、深甚の感謝を表したい。

1997年9月
著 者


 初版 序
 
 気管支喘息の病態や発症原因、日常の管理、治療薬剤などの研究はめざましい進歩を遂げた。
 そのためか、わが国では、1950年に人口10万人あたり19人前後であった喘息死が、1986年には5.2人程度に減少している。
 
 しかし、最近になって、気管支喘息の発症率や喘息死が、むしろ世界的に増加しつつあることが分かってきた。
 現在の我が国の気管支喘息患者は少なく見積もっても250万人に達し、喘息死も年間6,000人をくだらないといわれている。
 治療法の格段の進歩にもかかわらず、こうした傾向にある理由はよくわかっていないが、世界でもっとも喘息死の多い国のひとつであるニュージーランドでの臨床上の成功から、われわれは多くのことを学ぶことができる。
 そのひとつは、医療従事者が喘息の病態や治療を十分に理解したうえで、患者に正しい知識を与え、患者自身が、呼吸機能のひとつである努力性呼出能を家庭で手軽に計測できるピークフローメーターを携帯し、その値が低下すればいつでも医療を受けられるように両者の関係が保たれるようになると、喘息死が減少することである。
 このことは、医療従事者のみでなく、患者やその家族がともにこの疾患を正しく理解し、その管理のためにお互いの信頼関係や協力体制を築くことの重要性を示している。
 気管支喘息という病気は複雑で、しかも、病態から重症度や治療に対する反応性にいたるまで一人ひとりにおいて異なることを考えると、なおさらである。
 
 1991年に著者は「気管支喘息の診断と治療の実際」(メディカルレビュー社)を世に送ったが、患者自身やその家族にこの疾患を理解し、自己管理の大切さを認識していただくことの必要性を改めて痛感した。
 また、最近 National Institute Health などから、相次いで気管支喘息の診断と治療に関する有益なガイドラインが出版され、これから多くのことを学ぶことができた。
 こうしたことなどが、今回改めて本書を執筆するきっかけとなった。
 
 気管支喘息の最近のトピックスのひとつは、この疾患が、気管支粘膜への好酸球を中心とする細胞の浸潤と、粘膜上皮の破壊を特徴とする”炎症”であると認識されたことで、これにもとづいて、その局所へ副腎皮質ホルモンの吸入治療が、日常の維持療法としてもっとも重要であるとされるようになったこと、また、重症の喘息発作に治療にも、副腎皮質ホルモンの全身投与が不可欠と考えられるようになったことである。
 それは、副腎皮質ホルモンが現在、好酸球や、その細胞の気管支粘膜への攻撃に影響を与える活性型Tリンパ球を破壊し、局所から排除できもっとも有効な薬剤だからである。
 副腎皮質ホルモンの副作用は無視できないにしても、その薬剤的特徴を十分にわきまえれば、無難に、最大限の治療効果を発揮できよう。
 医師、看護婦、薬剤師の方々のみならず、気管支喘息で苦しみ方々や、その家族の方々にも読んでいただければ幸いである。
 尚、本書の表紙は金沢医大の櫻井慈先生(現 岩手医大)のアイデアによるものであり、心から感謝致します。

1993年7月
著 者