は じ め に |
− 喘息の発症率や死亡率は増加しています − |
喘息は人口の少なくとも2-4%に認められるため、わが国で年間300万人が罹患(りかん)していることになります。 さらに、呼吸困難を伴わず、咳のみを主症状とするいわゆる咳喘息などの喘息関連疾患を加えると喘息罹患者は10%にも達します。 また、2003年2月に国立生育医療センター研究所免疫アレルギー研究部が調査した報告では、1970年代に生まれた人の約9割がアレルギー体質であることが分かりました。このことからも、今後喘息の罹患率はさらに増加すると考えられます。 喘息発作で死亡することも決してまれではありません。わが国では1950年代に人口10万人対して19.5人の喘息死亡率を記録しました。その後減少していますが、医療の進歩した現在でもその数は年間6000人にも達しています。 ●罹患(りかん): 病気にかかること。 |
− 喘息の治療の革命が起こりました − |
一方、1990年代に入ってから欧米では、喘息に対する医療や治療法が革命的な変化を遂げました。 従来、喘息は気管支内の筋肉が痙攣を起こすために気管支が狭くなって呼吸が苦しくなると考えられていましたから、筋肉の痙攣を取ることが喘息治療の主流となっていました。 そのために使用されたのが気管支拡張薬と呼ばれる気管支の筋肉の緊張を緩めて気管支を広げる作用のある薬でした。 そのなかで最もよく用いられたのがβ刺激薬の吸入でした。 この薬剤は、歌手のテレサテンでも知られるようになりましたが、長い間吸入し続けているとしばしば突然死を起こすことが問題になりました。 ところが、1980年の後半に欧米で、気管支の粘膜が好酸球という細胞(後述)によって破壊されて粘膜の炎症〈慢性剥離性好酸球性気管支炎〉が起こることが喘息の本態で、筋肉の痙攣はそのために二次的に生じるのであるという画期的な発表がなされました。 それ以来、喘息の治療は気管支の炎症を治療し、予防することがまず第一に大切なことであると認識されるようになりました。 その治療薬の主役として登場したのが、吸入副腎皮質ステロイド薬です。 この薬剤の普及によって喘息発作による入院数も死亡者数も激減したことが明らかになりました。 そして今や、喘息が発症してから出来るだけ早く副腎皮質ホルモンの吸入を開始することが喘息の治療に最も大切なことであることが世界中の学会で認められるようになったのです。 一方、以前、喘息発作の際に真っ先に用いられていた気管支拡張薬であるβ刺激薬という吸入薬は、現在では発作の時のみに用いられることが推奨されています。 また、吸入ステロイドと併用している場合、突然死のリスクもほとんど無いこともわかってきました。 従って、定期的に吸入ステロイドを使用し、発作の時にβ刺激薬を使うことが今や喘息の治療の常識になってきました。 このような治療法は、大人の喘息だけではなく、小児にも適用されるべきであると私たちはこれまでずっと主張してきましたが、2002年12月になってようやくわが国の小児科学会も吸入ステロイドが小児でも有用であり、重大な副作用も認められないと認識され、小児にも実施されることとなりました。 但し、残念なことにわが国ではこうした治療法を実施している医療施設がまだ限られているのが現状です。 喘息の治療には大人も子供もありません。 しかし、高血圧や糖尿病のように、日ごろの自己管理も大切です。 その意味ではとりわけ小児にはお母さんや家族の方達の協力が必要です。 喘息になることや、喘息が重症になることや、喘息で死亡することは防ぐことができます。 正しく薬を使い、正しい自己管理をすれば喘息のために学校に行けなかったり、日常生活が損なわれたり、喘息で死亡することは余程でない限り防ぐことが出来る、というのがこの分野の専門家の常識になってきました。 ではどのようにすればよいのかをお話ししたいと思います。 |
− まず、喘息に対する色々なな疑問にお答えしましょう − | |
1 | 喘息は治るのでしょうか。 小児の喘息の80%は成人になるまでに改善し、そのうちの50%はいずれ再発しますが40%は発作が起こらない、とされています。 成人になってから発病した場合は残念ながら完治することはほとんどありません。 しかし、発作を起こさないように予防することは出来ます。発作の原因を出来るだけ回避し、吸入ステロイドなどで発作を予防してから、うそのように発作が出なくなった人がたくさんおられます。 喘息発作で入院する人が依然に比べて極端に少なくなったことも実感します。 |
2 | 喘息は遺伝しますか。 喘息には色々のタイプがありますが、アトピー型と呼ばれるタイプではアトピー性皮膚炎やアレルギー性鼻炎など他のアレルギー疾患と合併し易く、遺伝することが多いとされています。 子供にも遺伝しますが、二番目の孫に一番よく遺伝するという説もあります。 最近喘息の色々な遺伝子も発見され、この分野の研究もこれから進歩すると思います。 |
3 | 喘息で死ぬことがありますか。 喘息発作で死亡することがあります。わが国では最近でも年間6000人は下らないだろうと言われています。 しかし、正しい治療(後述)を実施している地域や施設では喘息死が激減した、というデータがたくさんあります。 喘息で死亡した人を解剖してみますと、大抵、特有の病理学的な変化が認められます。 つまり、気管支が濃縮した粘液で閉塞されており、その中に好酸球や好中球などの細胞が浸潤しており、気管支の筋肉も肥厚しています。 喘息で死亡する原因の中で一番多いのは日ごろからのコントロールが悪いことです。 一般的には吸入ステロイドを定期的に吸入し、発作の時にはすぐに気管支拡張薬の吸入をすることが大切です。 重症の発作があればすぐに来院していただき治療を受けてください。酸素の吸入とステロイドの投与は喘息死を防ぐ上に必要なことです。 喘息死の二番目に多いの原因は重症の発作であるのに軽く考えすぎて気管支拡張薬の吸入に頼りすぎた場合です。 第三に、このことと関連しますが、重症であるのに酸素もステロイドも投与しなかった場合です。これは医師にも責任があります。日ごろから担当の医師と信頼関係を保っておくことも大切です。 第四は、使ってはならない薬剤や食品などを取った場合です。この中には解熱鎮痛薬や降圧剤の一部があります。それらについては後でくわしくのべます。 要は自身の重症度を知り日ごろから自己管理をしつつ重症発作があればすぐに医療者に連絡して適切な治療を受けることでしょう。 |
4 | 食べ物の中で食べてはいけないものがありますか。また、食べ物で特に注意すべきことがありますか。 喘息と食べ物の関係はまだはっきりとは解明されていません。 血液検査で特異的IgEという検査がありますが、それで陽性であれば喘息の発症と関係のある場合があります。 疑わしい食品があればそれを1-2カ月止めてみて症状が改善するかどうかみて下さい。 あまり神経質になってタマゴやミルクなどからだの成長や栄養に必要なものを摂取しないのも考えものです。但し、ナッツや、イチゴなどの赤や黄色の濃い果物で強い発作を起こす人があります。特にアルピリン喘息という喘息の一種(後述)では注意が必要です。この場合は防腐剤や人工着色剤(黄色や赤色の色素)の混じった食品も避けるようにしましょう。 また、食べ物ではありませんが、赤や黄色の色のついたくすりも同じように発作を誘発することもあります。 |
5 | 喘息が仕事に関係すると言われました。どのようにしたらよいでしょうか。 仕事が喘息発作の原因になる場合を職業性喘息といいます。気管支喘息の約1/4を占めているとも言われています。 小麦粉やソバを扱う製粉業やお菓子作りの人々に見られます。そのほか農業、動物飼育、製薬会社に従事する人たちにも認められます(本文を参照してください)。 職業性喘息かどうかがなかなか判別がつかないこともあります。休みの日になると喘息の症状がとまったり、ピークフローの値が改善することで見分けることもあります(本文)。 予防薬の定期的な使用で症状がなくなれば問題はありませんが、それでも発作が続くようでしたら仕事の配置換えなどを検討するべきだと思います。 一度主治医の先生に相談して下さい。 |
6 | 喘息の発作を起こす原因はどのようなものですか。 喘息の発作を起こす原因は種々雑多ですし、人によってもまちまちです。笑ったり怒ったりして発作が起こることもあります。運動(運動性喘息)や飲酒(アルコール性喘息)やストレス(心因性喘息)で起こることもあります。 まず日常生活でなにか原因とまっている可能性のあるものをピックアップしてみてください。タバコの煙、ダニやホコリ、食事、くすり(抗生物質など)、ペット(最近ハムスターを飼育している人が増えています)などに気をつけてください。 喘息の発作の原因は色々ありますが、日ごろから吸入ステロイドを定期的に吸入するなど自己管理を行うとほとんど発作を回避できるか、起こっても軽くてすむと思います。しかしそれでも重症の発作が起こることもありますので、それに対応できるよう注意してください(対応については本文参照)。 1) 運 動 走ったあとゼーゼーヒューヒューと苦しくなることがあります。運動性喘息と呼ばれる喘息のタイプでよく起こります。走る前にベーター刺激薬や抗コリン薬やインタールの吸入をして予防することが出来ます。スキーやスケートなどでも同じように起こり得ます。 しかし、水泳ではこのような発作が起こりません。かつて東京オリンピックの時に、オーストラリアの水泳選手は金、銀、銅のメダルを独占して話題になったことがありました。こ選手たちはすべて小児喘息でした。オーストラリアは喘息患者が世界でも一番多い国に属しますが、子供の時から水泳で体を鍛えることが推奨されています。 2) 室内アレルギー物質 |
7 | ステロイドの吸入が喘息の治療に不可欠だと言われましたが、ステロイドは色々な副作用があって怖いとよく聞きます。ほんとうにそのまま使っても大丈夫でしょうか。子供にもほんとうに害がないのですか。 ステロイドと聞けばそれに対して拒絶反応を覚える人も多いと思います。確かに長期のステロイドが色々の副作用を起こすことも事実です。しかし、ステロイドそのものは人の体内で作られ、生命の維持や日常の活動になくてはならない働きをしています。特に副腎皮質ホルモンはステロイドの中でも最も大切なもので、これ無しにヒトは生きてゆくことが出来ません。その主な働き本文にまとめておきます。 喘息発作の際に命を救うためにも副腎皮質ホルモンの投与が不可欠であり、もしこれを投与せずに喘息患者さんが死亡した場合医療者の責任が問われることになるでしょう。 重症の喘息発作が起これば、「出来るだけ早く」、「十分な量の」副腎皮質ホルモンを投与して、「出来るだけ早く切り上げる」ことが、喘息死を防ぎ、しかも副作用を最小限にするコツなのです。ですから医療従事者、特に喘息の専門医はステロイドの薬剤的特徴や使い方を熟知しておくことが必要です。 副腎皮質ホルモンには静脈注射、経口薬そして吸入薬の3種類がありますが、前2者は発作に際して救命の目的で使用します。 それに対して吸入ステロイドは喘息発作を予防するために使用します。この薬剤は強い発作の予防効果があるだけでなく、体内に吸収されにくいために全身への副作用がほとんどありません。 |